4月1日という日

2019年04月01日


*とても個人的な文章です。

もうすぐ日をまたぎますが、エイプリルフールに新元号発表。「令和」少しの違和感もすぐに慣れ、美しいとさえ思った。
新しい時代はもうすぐ。そしてもう一つ、忘れられない大事な日。今日は父の命日。

今日という日に書き留めたいと思いました。

僕の名前「治昭」は「昭和を治める」の意味があったのだとか。。昭和は遠くになりにけり。。笑

この名前は誰がつけたのかは知らない。けど実は35年前に亡くなった僕の父が付けるはずだった名前でした。
父は戦争孤児で親を知らない。正確にはいい大人になってから自分の両親が実の親でなかったと知ったのでした。しかも自分の名前「太郎」は育ての親の亡くなった実の子の名前をそのまま引き継いだのだとか。
父のショックを知る由もないが、当時の慌ただしい自由の少なかった時代にはよくあったことなのかも知れない。。
運に見放されている。。とは言わないけれど、父は子供の僕から見て決して幸せな境遇ではなかったと思う。。別にそれを呪うような人ではなく、とてもお人好しで優しい人だったけれど、ある時、人から改名を勧められて、決心して付けられた名前が「治昭」でした。

だけど、「太郎」なんていうわかりやすすぎる名前を変えても、周りの人達がそれに馴染んでくれるわけもなく・・・結局、子供が生まれて男の子だったら「治昭」にしようと「太郎」に戻ったのでした。。それもお人好し。。そして僕は「治昭」として産まれました。

それから本当に色々あり、15歳の春、父は突然亡くなりました。それが35年前の今日なのです。その日は寝付ず、朝方まで起きていたのですが、ふと「治昭」と僕を呼ぶ声が聞こえました。空耳だろうと気にせずにその後寝てしまいましたが、その日の夜に父が亡くなったのを知ったのでした。。それが父の声だったのかわからないけれど、もしそうだとしたら、最後に僕の名を呼んだのだとしたら。。。ずっとそのことが頭から離れません。。。

だけど時間というのは色んなことを忘れさせてくれます。35年。あの時、自分の気持ちとは逆にとてもまぶしく感じた桜をしばらく見るのが辛かったけれど、今は美しいと思えるようになった。
今日という日もう普通の1日になりつつあるけれど、ほんの少しだけ父との思い出に浸る日でもあります。

平成も令和も知らない父。父の名前になるはずだった「治昭」という名を誇りに新しい時代も生きていきます。
もちろん、父もずっと僕の中で今でも生き続けています。

写真は子供の頃の僕。その目線の先に父がいました。今、自分が見られているような気がします。この純粋な目に恥じない自分であるように。。

今日という日に、ありがとう。そう言えるようになりました。

 

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